クリニック開業の初期費用を抑える方法として注目されているのが「居抜き物件」の活用です。前の医院が使っていた内装や設備をそのまま引き継ぐことで、新規の内装工事に比べて費用を大幅に圧縮できます。
一方で、居抜き物件には特有の法的制約や設備上のリスクもあります。この記事では、居抜き物件でのクリニック開業について、費用面のメリット・デメリットから、保健所の許可、医療法・建築基準法上の注意点までを実務的に解説します。
居抜き物件とは——スケルトンとの違い
物件の引き渡し状態には大きく2つあります。
| 物件タイプ | 状態 | 費用の目安(内装工事費) |
|---|---|---|
| スケルトン | 壁・床・天井・設備がすべて撤去された更地状態。ゼロから内装工事が必要 | 坪単価40万〜80万円 |
| 居抜き | 前テナントの内装・設備の一部または全部が残っている。改修費用のみで済むケースが多い | 坪単価10万〜40万円(改修範囲による) |
居抜き物件は、とくに前医院が廃業・移転した物件が該当します。調剤薬局や他科クリニックの居抜きも選択肢になります。
居抜き開業の最大の魅力
居抜き物件の活用により、開業費用を新規開業に比べて30〜50%圧縮できる可能性があります。内装工事費が坪単価80万円→20万円になれば、30坪のクリニックで2,400万円→600万円と、1,800万円の削減になります。
居抜き開業の5つのメリット
- 開業費用の大幅削減:内装工事費・設備費の圧縮。とくにX線室や防音室などの特殊工事が残っている物件は、新設すると数百万円かかる工事費をゼロにできる
- 開業までの期間短縮:スケルトンからの内装工事が3〜4か月かかるのに対し、居抜き改修は1〜2か月で完了するケースが多い
- 医療機器・什器の譲渡:前医院の診療台・待合椅子・カルテ棚などが「造作譲渡」として無償または低額で引き継げることがある
- 患者への認知度:前医院の患者がその場所を「医院があった場所」と認識しているため、新規開業より集患がスムーズな場合がある
- 原状回復義務の回避:スケルトンで借りると退去時に原状回復が必要だが、居抜きなら「現状渡し」の契約で回避できることがある
居抜きならではの4つのデメリット・リスク
1. 医療法・建築基準法の制約
居抜き物件でも、クリニックとして使用するには医療法施行規則と建築基準法の基準を満たす必要があります。とくに以下の点は要注意です。
- 用途地域:診療所は「第一種低層住居専用地域」では原則開設不可。前医院が営業していたからといって、用途地域の変更がないとは限らない
- 排菌・排水設備:診療科が変わる場合、感染性廃棄物の処理設備が不足している可能性がある
- バリアフリー法:2024年の法改正により、新規開設時にはより厳格なバリアフリー基準の遵守が求められる場合がある
2. 保健所の許可——「前と同じ」では通らない
保健所の診療所開設許可は、現在の基準で審査されます。前医院が10年前に取得した許可と同じ間取りでも、基準が変わっていれば改修が必要になることがあります。とくに、診療科が変わる場合は、レイアウトを大きく変更する必要が出てきます。
3. 配管・電気容量の不足
診療科によって必要な設備が異なります。たとえば、内科の居抜きで皮膚科を開業する場合、レーザー機器用の電源容量が不足していることがあります。耳鼻咽喉科の居抜きで眼科を開業する場合も、検査機器の配置が合わず、結局大規模な改修が必要になるケースがあります。
4. 造作譲渡の費用負担
「居抜き=無料」と思われがちですが、実際には前医院の残置物(造作)の買取代金(造作譲渡費)が発生するケースが一般的です。相場は50万〜300万円程度ですが、高額な医療機器が残っている場合は1,000万円を超えることもあります。
診療科別・居抜き開業の適性
| 適性 | 診療科 | 理由 |
|---|---|---|
| 最適 | 精神科・心療内科 | 大型医療機器が不要で、間仕切り変更だけで開業可能なケースが多い |
| 適 | 一般内科・皮膚科 | 基本的な診療設備で対応可能。前医院のレイアウトを活かしやすい |
| 要検討 | 眼科・耳鼻咽喉科・整形外科 | 検査機器・リハビリ機器の配置や防音室・X線室の有無が成否を分ける |
| 難 | 消化器内科(内視鏡あり)・産婦人科 | 内視鏡洗浄室・分娩設備など特殊設備が必要で、居抜きでは対応困難なことが多い |
居抜き物件を選ぶ際のチェックリスト
- □ 用途地域は診療所開設が可能か(都市計画図で確認)
- □ 前医院の診療科と自分の診療科は近いか
- □ 電気容量(契約アンペア数)は必要な医療機器を動かせるか
- □ 給排水・ガス設備は診療科の要件を満たしているか
- □ バリアフリー対応(スロープ・手すり・多目的トイレ)は十分か
- □ 造作譲渡費は適正価格か(できれば同業者に見積もりを依頼)
- □ 保健所に事前相談し、現状の間取りで許可が下りるか確認したか
- □ 賃貸借契約に「原状回復義務の免除」条項はあるか
まとめ
居抜き物件でのクリニック開業は、初期費用を大幅に抑えられる有力な選択肢です。しかし「前の医院が使っていたから大丈夫」という思い込みは危険で、保健所への事前相談と、診療科に合った設備の確認が不可欠です。
居抜き物件を検討する際は、まず保健所に図面を持参して「この間取りで許可が下りるか」を確認しましょう。そのうえで、内装業者や医療機器業者に改修費用の見積もりを依頼し、スケルトンからの新規開業と総額で比較することをおすすめします。
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